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大阪高等裁判所 昭和50年(う)1265号 判決 1976年4月27日

主文

原判決中の有罪部分を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

押収にかかる運転免許証二通(昭和五〇年押第四八二号の一及び二)の各偽造部分、注射器一本(同号の三)、注射針一本(同号の四)及び大阪地方検察庁で保管中のビニール袋入り覚せい剤粉末四袋(昭和五〇年検領第二六七六号の二)を没収する。

原判決中の無罪部分に対する本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検事稲田克已作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人関田政雄、同岡島嘉彦連名作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

法令の解釈適用の誤並びに訴訟手続の法令違反の控訴趣意について

所論は、要するに、原判決は、昭和四九年一一月九日付起訴状記載の公訴事実第二の「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四九月一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市天王寺区生玉町五六番地先路上において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末0.62グラムを所持したものである。」との事実について、右公訴事実記載の日時場所において被告人から差し押えた物として検察官から取調請求のあつた覚せい剤粉末(以下、本件証拠物という。)については、警察官が被告人に対する職務質問中に、承諾を得ないまま被告人の上衣ポケツト内を捜索して差し押えた物で、違法な手続により収集された証拠物であるとしてその証拠能力を否定して右取調請求を却下するとともに、検察官から取調請求のあつた本件証拠物の鑑定結果等を立証趣旨とする証人についても、本件証拠物自体証拠とすることが許されないのであるから、右証人の取調も必要がないとしてこれを却下したうえ、捜査段階及び原審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる適法な証拠が存しないので、結局犯罪の証明がないことになるとして無罪の言渡しをした。しかし、(一)垣田順一巡査は、警察官職務執行法二条に基づいて被告人に対し職務質問をし、その際説得の結果、被告人の黙示の承諾があつたので、被告人の左側内ポケツトに手を入れて本件証拠物を取り出したものであつて、同巡査の所持品検査は適法であり、かりに、被告人の真意においては、これを承諾していなかつたとしても、同巡査自身としては被告人の承諾を得たものと信じて本件所持品検査を行ない、かつ、そのように信じるについて当時の状況から正当かつ合理的な理由があり、十分の注意義務を尽しているので、同巡査の本件所持品検査は適法というべきである。右のように、同巡査の本件所持品検査は警察官職務執行法二条に基づく正当な職務行為であり、したがつて、右所持品検査に引き続き任意になされた試薬検査、現行犯逮捕及び本件証拠物の差押はいずれも適法な職務行為であるのに、原裁判所が、本件証拠物は被告人の承諾を得ない不適法な差押による違法収集の証拠であると判断したのは、明らかに警察官職務執行法二条の解釈適用を誤つた結果であり、また、(二)かりに、収集手続に瑕疵があつたとしても、その瑕疵は極めて軽微なもので、本件証拠物の証拠能力を左右するものではないと解すべきであるから、いずれにしても証拠能力を有するものであり、また、(三)百歩を譲つて、本件証拠物に証拠能力がないとしても、原審証人垣田順一の証言中原判決のいう違法な職務行為を含まない部分は証拠となり得、これと被告人が本件で逮捕された翌日任意提出した尿に覚せい剤を含む旨の昭和四九年一一月七日付中島邦生作成の鑑定書の二つが相まつて被告人の自白の真実性を補強するに十分である。しかるに、本件証拠物に証拠能力がないとの理由で検察官の証拠調請求を却下し、さらに本件証拠物に対する鑑定結果を立証する証人中島邦生の取調請求もその必要がないとして却下したうえでなされた原判決は警察官職務執行法二条ないし採証法則の解釈適用を誤り、ひいては判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があり、また、百歩を譲つて本件証拠物に証拠能力がないとしても、前記垣田証言の一部及び鑑定書を補強証拠から排除した点において刑事訴訟法三一九条二項の解釈適用を誤り、ひいては判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

よつて検討するに、本件公訴事実中、昭和四九年一一月九日付起訴状記載の公訴事実第二の覚せい剤粉末不法所持の事実につき、原審第二回公判において証人垣田順一の尋問及び被告人質問が行なわれたのち、検察官から右公訴事実記載の日時場所において被告人から差し押えた物として、(イ)ちり紙に包まれたビニール袋入覚せい剤粉末(以下、本件証拠物という。)、(ロ)銀紙に包まれたプラスチツクケース入り注射針、(ハ)万年筆型ケース入り一〇CC用注射器の取調請求があつたのに対し、弁護人が違法収集による証拠であるから取調に異議がある旨述べ、原裁判所が被告人の承諾を得ない不適法な差押による違法収集の証拠であるから取り調べないとして右請求を却下し、右却下決定に対する検察官の異議申立も棄却するとともに、さらに検察官から、右(イ)の白色粉末の鑑定結果及び右粉末が回つて行つた経過についての立証として証人中島邦生の取調請求があつたのに対し、弁護人の証拠物自体が違法であるから取調の必要がないとの意見を採用して右請求を却下したこと、並びに原判決が所論のような理由から捜査段階及び原審公判廷における被告人の自白はこれを補強するに足りる適法な証拠が存在しないとして被告人に対し無罪の言渡しをしたことは記録に徴し明らかである。そして、原審で取り調べた関係証拠及び当審における事実取調の結果を総合すると、大阪府警第一方面機動警察隊勤務の垣田順一巡査は、昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分頃、椎原徹巡査長運転のパトカーで警ら中、大阪市天王寺区生玉町五六番地先ホテルオータニ付近にさしかかつたところ、路上に被告人運転の自動車が停車し、その運転席の右横に遊び人風の三、四人の男がいて被告人と話をしていたが、パトカーが後方から近づくと、すぐ発進右折してホテルオータニの駐車場に入りかけ、その男達もこれについて右折して行つた。垣田巡査らは、被告人に右のような不審な挙動があるうえに、付近は連れこみホテルの密集地帯で普通のアベツクが利用する以外にも利用される所で覚せい剤事犯や売春事犯の検挙例が多いこと、被告人が一人で車を運転しているので売春の客引きの疑いもあることなどから被告人に対し職務質問をすることにし、パトカーから降りて、駐車場に入りかけたところで被告人の車を停止させ、窓越しに運転免許証の提示を求めたところ、被告人は正木良太郎名義の免許証を見せたが、その時点では偽造であることには気づかなかつた。つづいて垣田巡査が懐中電灯で車内を見回したところ、ふくさようのものが目につき、その表にやくざの組の名前と紋が入つており、その中には賭博道具の札が一〇枚位入つていたので、他にも違法な物を持つているのではないかと思い、かつまた被告人の態度が落着がなく、青白い顔色などからみて覚せい剤の中毒者ではないかと思い、さらに職務質問を続けるべく被告人に対し降車を求めた。被告人は素直にこれに応じて降車したので、所持品の提示を求めると、「見せる必要ない。」と言つて拒否し、前記三、四人の遊び人風の男が近づいて来て、「お前らそんなことする権利あるんか。」などと罵声を浴びせて挑戦的態度に出て来たため危険を感じたので、椎原巡査長が無線で他のパトカーの応援を要請した。応援がくるまで二、三分の間、被告人は垣田巡査と応対していたが何となく落着かない態度があつたので、同巡査が被告人に所持品を見せるように言うと、被告人は「なんで、そんなもん見せないかんのや。」と言つて応じなかつた。そのうち応援のパトカーが二台到着し、応援の警察官が四名ほど来たので、右三、四人の男の方に当つてもらい、垣田巡査が被告人に「応援も来たことだし、いいかげん見せてくれたらどうや。」と言つたところ、被告人はぶつぶつ言いながら、右側内ポケツトから目薬とちり紙(ちり紙の中に白色粉末が入れられていたが、覚せい剤ではなかつた。)を取り出して手渡した。垣田巡査がさらに他のポケツトを触らせてもらうと言つたところ、被告人はものを言わなかつたが椎原巡査長と垣田巡査が被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つたところ、上衣の左側内ポケツトに刃物ではないが何か堅い物が入つている感じでふくらんでいたので、垣田巡査が「まだ入つているから出してくれ。」と言うと、被告人は黙つたままなので、「いいかげんに出してくれ。」と強く言つたが、それにも答えないので、「それなら出してみるぞ。」と言つたところ、被告人は何かぶつぶつ言つて不服らしい態度を示していたが、同巡査が被告人の左側内ポケツト内に手を入れて取り出してみると、ちり紙の包、プラスチツクケース入り注射針一本が入れてあり、右ちり紙の包みを被告人の面前で開披してみると、本件証拠物であるビニール袋入り覚せい剤ようの粉末が入つているのを発見した。さらに応援で来た中島巡査が、被告人が上衣の内側の脇の下に挾んであつた万年筆型ケース入り注射器を発見してこれを取り出した。そして、垣田巡査が被告人をパトカーに乗せて、その面前でマルキース試薬を用いて右覚せい剤ようの粉末を検査した結果、覚せい剤であることが判明したので、直ちにパトカー内で被告人を覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕して手錠をかけるとともに本件証拠物を差し押えたことが認められる。原審証人垣田順一の供述中に、「私が『それなら出してみるぞ。』と言つて、被告人の左内ポケツトから本件証拠物を取り出す際、被告人は黙つていた。」との供述があるが、同証人はそののちの方で、右の際に「被告人がぶつぶつ言うていた。」旨供述しているので、前者の供述をそのまま採用することはできず、以上認定の事実関係のもとにおいては垣田巡査が被告人の黙示の承諾があつたものと信ずるに足る合理的な理由のなかつたことが明らかで黙示の承諾があつたと信じたと、いう同証人の供述は到底信用できない。また当審証人椎原徹は当審第二回公判(昭和五一年二月二六日)において「被告人は応援のパトカーが来てからは私と垣田巡査に対し『どうでもせいや』と言つたので、観念したふうにとつた。」旨供述するが、右供述のなされた時期よりも、より記憶の新らしい時期になされたと思われる原審第二回公判(昭和五〇年三月二八日)においては、証人垣田順一は右のような被告人の重要な発言のあつたことについては何ら供述をしておらず、右証人椎原の供述をそのまま採用することはできない。また、被告人は、原審公判廷において「ばくちに使う札を調べられたのち、しばらくすると、応援のパトカーが三、四台来て四、五人の警察官が降りて来るや、『どいつや、どいつや』と言つて、私の両手を張りつけみたいにしてはがい締めにし、何も言わずにいきなり垣田巡査ほか二、三人の警察官が私のポケツトを調べ、ポケツトから目薬や金やちり紙が出たと思う。警察官は『こんなことを貴様らはしているんや。』と言つて手錠をかけられ、パトカーに入れられたのち薬の試験をされた。ポケツトを調べられるまでに所持品をみせてくれと言われたことはない。」旨供述し、当審公判廷においてもほぼ同旨の供述をしているが、右被告人の供述は、警察官が、被告人に対し所持品の提示も求めずに、応援の警察官が到着するや否やいきなりはがい締めにして所持品を取り出したという点で余りにも唐突かつ不自然であり、またマルキース試薬による検査もしないで覚せい剤と断定して被告人に手錠をかけて逮捕したというのも不自然であるから、右被告人の供述は措信しがたい。

そこで、まず、前記(一)の警察官が職務質問に際し、被告人が上衣の内ポケツトに入れてあつたちり紙の包みを取り出した所持品検査は適法であるとの所論について判断するに、一般的に、警察官が職務質問に際し、異常な箇所につき着衣の外部から触れる程度のことは、事案の具体的状況下においては、職務質問の附随的行為として許容される場合があるけれども、さらにこれを越えて、その者から所持品を提示させ、あるいはその者の着衣の内側やポケツトに手を入れてその所持品を検査することは、相手方の人権に重大なかかわりのあることであるから、前記着衣の外部から触れることなどによつて、人の生命身体または財産に危害を及ぼす危険物を所持し、かつ具体的状況からして、急迫した状況にあるため全法律秩序からみて許容されると考えられる特別の事情のある場合を除いては、その提示が相手方の任意な意思に基づくか、あるいはその所持品検査が相手方の明示または黙示の承諾を得たものでない限り、許されないものと解するのが相当である。本件についてこれをみるに、前記認定の経過から椎原巡査長と垣田巡査において、被告人が覚せい剤中毒者ではないかとの疑いのもとに、被告人に所持品の提示を求めてから被告人の上衣とズボンのポケツトを外から触つた段階までの右警察官の被告人に対する行為は、職務質問またはこれに附随する行為として許容されるとしても、被告人の上衣の左側内ポケツトを外部から触つたことによつて、同ポケツトに刃物ではないが何か堅い物が入つている感じでふくらんでいたというに止まり、刃物以外の何が入つているかは明らかでない状況にあつたものであり、しかも、垣田巡査が「まだ入つているから出してくれ。」と言つたのに対し被告人は黙つたままであつたが、同巡査が「それなら出してみるぞ。」と言つたのに対し被告人が何かぶつぶつ言つて不服らしい態度を示していたのに、被告人の左側内ポケツトに手を入れて本件証拠物を包んだちり紙の包みを取り出したというのであるから、垣田巡査の右所持品検査については被告人の明示または黙示の承諾があつたものとは認めがたく、証拠を検討しても、右所持品検査が許容される特別の事情も認められない。したがつて、垣田巡査の右所持品検査は警察官職務執行法二条に基づく正当な職務行為とはいいがたく、右所持品検査に引続きなされた本件証拠物の差押は違法であるから、本件証拠物は違法な手続により収集された証拠物といわなければならない。これと同旨の原裁判所の判断は正当であるから、所論は採用しがたい。

つぎに、前記(二)の本件証拠物はその収集手続に瑕疵があつたとしても、その瑕疵は極めて軽微なものであるから、証拠能力があるとの所論について判断するに、前記認定の事実関係から明らかなように、警察官らは職務質問に際し、被告人の顔色から覚せい剤中毒者と思つたというのであるが、本件公訴事実である覚せい剤粉末不法所持の点については、前記違法な所持品検査及びこれにつづく試薬検査の結果初めて容疑が明らかとなり、現行犯人として逮捕され、本件証拠物の差押手続がなされたものであつて、右違法な所持品検査がなされなかつたならば、これに続く試薬検査、現行犯逮捕、差押の手続もあり得なかつたという関係にあり、本件証拠物の収集手続の瑕疵は極めて重大であつて、憲法三五条及び刑事訴訟法二一八条一項所定の令状主義に違反するものであり、しかも、弁護人は本件証拠物を証拠とすることにつき異議を申し立てていたのであるから、かかる証拠物を証拠として利用することは許されないものと解するのが相当である。右と同旨の原裁判所の判断は正当であるから、所論は採用しがたい。

すすんで、前記(三)の原審証人垣田順一の証言中原判決のいう違法な職務行為を含まない部分及び昭和四九年一一月七日付中島邦生作成の鑑定書の二つが相まつて被告人の自白の補強証拠となり得るとの所論について判断するに、記録によれば、(イ)被告人の自白は「私は昭和四九年一〇月二八日午後八時三〇分頃、ばくち友達の通称つるさんという男の紹介で、六〇歳位の男からビニール袋入り覚せい剤粉末約一グラムを二万円で購入し、その場でその覚せい剤粉末耳かき三杯位を水に溶かして自己の身体に注射して使用したのをはじめ、翌二九日午前二時頃及び同日午後七時頃、自宅前に駐車中の自動車内でそれぞれ覚せい剤粉末耳かき三杯位を同様に使用し、その残量をビニール袋に入れたまま上衣のポケツト内に隠し持つていたところ、本件公訴事実記載の日時(同年一〇月三〇日午前零時三五分頃)場所で警察官の職務質問に会つて発見され、パトカー内で薬品を使つて検査された結果、覚せい剤に間違いないということから覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕された。」というのであり、(ロ)原審証人垣田順一の証言中違法な職務行為を含まない部分、すなわち被告人の内ポケツトから本件証拠物を取り出す行為をする直前までの行動についての証言部分中、本件公訴事実に関係があると思われるのは、「被告人の左側内ポケツトを外側から触ると、ふくらんでおり、被告人はそのポケツトに入つているものを出したがらなかつた。」旨の供述であり、(ハ)大阪府警察科学捜査研究所技術吏員中島邦生作成の昭和四九年一一月七日付鑑定書は、原判示第四の一の事実認定の証拠として挙げている右研究所長作成の「尿中麻薬・覚せい剤鑑定結果の回答について」と題する書面の内容をなすものであつて、右鑑定は、被告人から昭和四九年一一月一日任意提出を受けた尿中に覚せい剤フエニルメチルアミノプロパン塩類を含む、というものであることが認められる。しかし、右(ロ)の原審証人垣田順一の供述からは、被告人が職務質問を受けた日時場所で、その左側内ポケツトに警察官に提示したくない何物かを所持していたことはうかがわれるが、それが覚せい剤粉末であることは右供述からは推測することさえできず、また、右(ハ)の鑑定結果によれば、被告人がその任意提出の日またはその以前でこれに近接した日に覚せい剤を服用ないし注射するなどして使用した事実を推認することができ、前記尿の任意提出書あるいは領置調書と相まつて前記(イ)の被告人の自白中、覚せい剤使用に関する部分の補強証拠となり得るけれども、右(ハ)の鑑定書自体では勿論のこと、これと前記(ロ)の垣田証人の供述を総合しても、本件公訴事実記載の日時場所で覚せい剤粉末を所持していたとの前記(イ)の被告人の自白の真実性を保障するのに十分であるとはいえない。(検察官援用の東京高等裁判所昭和二六年八月六日判決(高等裁判所刑事判決特報二一号一六三頁)及び大阪高等裁判所昭和三二年五月一七日判決(同裁判所刑事裁判速報昭和三二年五号)は本件と事案を異にし、本件に適切ではない。)したがつて、本件公訴事実を認めるべき証拠としては、被告人の自白があるのみで、他に右自白を補強するに足りる適法な証拠は存在しない。結局、右所論も採用しがたい。

以上のとおりであつて、原判決には所論のような法令ないし採証法則の解釈適用を誤り、ひいては訴訟手続の法令違反をきたした廉はないから、論旨は理由がない。

量刑不当の控訴趣意について

所論は、原判決の量刑不当を主張し、刑の執行を猶予した原審の量刑は著しく軽きに失するというのである。そこで所論にかんがみ記録を検討するに、本件各犯行の態様、ことに原審で無罪となつた昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分頃の覚せい剤粉末の不法所持の被疑事実により身柄勾留中に、右事実及び原判示第四の一の同年一〇月二九日午後七時頃の覚せい剤の自己使用の事実について同年一一月九日起訴され、同月一六日保釈釈放され、同月二七日に原判示第一の一の同年一〇月初頃の運転免許証の偽造、原判示第一の二の同年一〇月三〇日午前零時三五分頃の右偽造運転免許証の行使及び原判示第三の一の右日時頃の無免許運転の各事実について追起訴され、昭和五〇年二月一四日、同年三月二八日、同年五月三〇日にそれぞれ公判審理が行なわれていたところ、その審理中の同年四月六日頃再び原判示第二のとおり運転免許証を偽造し、ついで同年六月二日午後一一時四〇分頃原判示第四の二のとおり覚せい剤を自己使用し、さらに翌三日午前一時五分頃原判示第三のとおり無免許運転をして警察官に発見されて現行犯逮捕され、同日午後六時一〇分頃原判示第四の三のとおり天王寺警察署内で股間に覚せい剤約2.04グラムを所持しているところを発見されたもので、保釈中しかも公判審理の間に審理中の事案と同種の犯行をくり返しており、著しく違法精神に欠けるものがあることを考慮すると、被告人の刑責は軽視しがたいものがあり、被告人には数回の前科前歴があるが、公務執行妨害、傷害、食糧管理法違反の罪による懲役刑の執行猶予の前科のほかは罰金または科料の前科で、いずれも相当以前のものであること、被告人は自己所有の普通乗用自動車を既に処分していること、被告人の家族及びその家庭環境その他弁護人所論の事情を検討してみても、本件は刑の執行を猶予すべき条件とは考えられず、被告人に対し刑の執行を猶予した原判決の刑は著しく軽きに失するものと考えられる。論旨は理由がある。

よつて、原判決中無罪部分に対する本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却し、原判決中有罪部分に対する本件控訴は理由があるから、同法三九七条一項、三八一条により右有罪部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決することとし、原判決の認定した事実にその掲記の各法条中刑法二五条一項を除くその余の法条及び覚せい剤粉末の没収につき覚せい剤取締法四一条の六本文を適用して主文のとおり判決する。

(松浦秀寿 尾鼻輝次 清田賢)

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